皆さんの飲んでいるそのお薬、実は歯科治療に関係があるかも知れません

私たちの歯科医院ではまず初めて来院された際に問診で現病歴と、お薬を服用しているかをお聞きしています。
しかし患者さんの中には歯科治療には関係ないと思い、問診に書いていない方もいらっしゃいます。
関係のないお薬と思っていても実は治療に支障をきたしたり、患者さんの身体に重大な影響を及ぼしたりすることがあるのです。
今回は服薬と歯科治療の関係についてお話します。
血が止まらなくなる薬(出血傾向を高めるお薬)

まずは歯科と関係があるお薬で『血が止まらなくなる薬』があります。
それは抗血栓薬、抗凝固薬、抗血小板薬などと言われるお薬です。
脳梗塞や心筋梗塞を防ぐために血液を固まりにくくし、血管を詰まるのを防ぐ作用があります。
このお薬を服用している場合、抜歯やインプラント埋入手術、歯肉の中の深い部分の歯石除去、歯周外科処置など出血の伴う処置には注意が必要です。
ほとんどの場合、歯科治療での出血はコントロール可能ですが、安全な治療のために処方した主治医の先生と情報を共有し一時的に服用を止めてもらう事があります。
ですがこのお話をすると自分の状態を軽視して少しくらいお薬を止めても大丈夫だろうと自己判断をし服薬を止めてしまう方がいらっしゃいます。
この自己判断はとても危険です。
よく高血圧の治療で処方されるワーファリンを中断して抜歯をした方で約1%に血栓が原因の発作を起こした方がいるという報告されています(日本循環器学会 2013 など)。
そういった影響が出ないように担当医との情報の共有をし、安全に歯科治療が行えるように医科と歯科での連携が大切になります。
歯科医院でも麻酔のお薬をよく使います。
その際に平常時の血圧の状態や飲んでいるお薬、病状によっては血管収縮をしない麻酔薬を選択する事がり、患者さんの情報がとても重要になります。
歯肉の増殖を招く薬
歯肉の増殖と言っても想像がつかない方も多いと思います。
炎症が生じて腫れているのではなく、正常な状態でも過剰に増殖する疾患です。
薬剤によって生じる歯肉増殖を『薬物性歯肉増殖症』と言います。
特に前歯に見られる事が多く、ひどい場合は歯の大半を歯肉が覆ってしまう事もあります。
歯肉増殖に影響があるお薬には大きく3つがあります。
抗てんかん薬
てんかんは簡単にいうと脳の発作で、全身の痙攣や意識障害が起きる病気です。
てんかんは繰り返し発作が起きるため予防のため普段からお薬を飲んでいる事が多くあります。
抗てんかん薬の中で『フェニトイン』という成分が入ったものは歯肉増殖に大きく影響すると言われています。
飲み始めたからすぐ歯肉が腫れてくるわけではありませんが、長期に服用している方は注意が必要です。
慢性的な歯肉の炎症につながる事もあり、歯周病が進行しやすくなる事もあります。
抗てんかん薬の場合、一時的な治療のために服用を中止するという事は少なく、もし歯科で服薬が大きな問題の場合、他の種類のお薬に変更が可能か相談することはあります。
そしてまず予防のためにしっかり定期的に歯科に受診してメインテナンスしてもらうことが大切です。
カルシウム拮抗薬
カルシウム拮抗薬は血管の壁の収縮を抑えて血管を広げ、血圧を下げるお薬です。
高血圧の治療や狭心症、心筋梗塞などの治療に使われます。
前項でも高血圧治療薬が血が止まりにくいというお話をしました。
その中でもどの種類のお薬を飲んでいるかで歯科治療への影響が変わるためしっかり確認する事が重要です。
カルシウム拮抗薬を長期服用している方で約20%の人に歯肉の腫れが起こってしまうと言われています。
抗てんかん薬と同様に予防するためには定期的なお口のメインテナンスが大切です。
もし歯肉に腫れが生じた場合、しっかりと患部を清潔に保つことが大切です。
それでも改善しないほどひどく腫れた場合は歯肉を切除する手術を行う場合もあります。
免疫抑制薬(シクロスポリンA)
抗てんかん薬のフェニトイン、カルシウム拮抗薬のニフェジピン、アムロジピンの外に免疫抑制薬のシクロスポリンAも歯肉増殖を生じる事があります。
これらの歯肉増殖を引き起こすお薬のメカニズムはまだ解明されていません。
ただ長期に服用している患者さんの歯肉増殖を発症する確率はカルシウム拮抗剤よりもわずかに高いという研究結果もあります。
シクロスポリンAは臓器移植をする患者さんやベーチェット病や乾癬、ネフローゼ症候群、再生不良性貧血やアトピー性皮膚炎などで処方される事があります。
カルシウム拮抗薬を服用している患者さんの多くは高齢者のことが多く、他にも糖尿病に罹患していることも多くあります。
糖尿病は歯周病を悪化させる要因であることもあり、糖尿病のコントロールも併せて重要になります。
顎骨壊死を引き起こす可能性のあるお薬
顎骨壊死を引き起こす可能性のあるお薬として骨吸収抑制薬があります。
骨を増やし骨折の予防などで使用され、骨粗鬆症でビスホスホネート製剤(BP製剤)というものがよく使用されています。
抜歯などの外科処置の刺激によって顎の骨が壊死してしまうことがあります。
私たちの骨は常に古い骨が吸収され、新しい骨が作られています。
骨吸収抑制薬は骨に働きかけ、新しい骨が出来にくくなり、更には新しい血管も出来にくくなります。
そのことで骨の血流が悪くなり骨にできた傷も治りにくくなります。
歯石を取る程度では問題はありませんが、抜歯やインプラント手術、他に外科処置などでも骨に刺激となり顎骨壊死を生じる可能性があります。
特に口腔内は様々な細菌が住んでいます。
抜歯などで出来た傷に細菌が感染すると傷が治らなくなり、顎骨壊死になりやすいのです。
またBP製剤は癌治療患者さんでも使用している可能性があります。
そして状態によっては内服薬ではなく、注射薬が用いられていることもあります。
注射薬は内服薬より顎骨壊死の発症リスクが高くなります。
ビスホスホネート製剤の注射薬投与患者さんはビスホスホネート製剤関連顎骨壊死(BRONJ)に対する取り扱い指針によると原則口腔外科処置は行ってはいけないことになっています。
またビスホスホネート製剤の他に骨吸収抑制薬としてRANKL阻害薬デノスマブが使われている事もあります。
ランマークやプラリアという薬剤名で投与されているかもしれないので注意が必要です。
治療への優先順位を患者さんの状態をしっかり医科と歯科で見極めて決めていく事が大切になります。
安全な歯科治療を受けるために
これまで様々なお薬が歯科治療にも影響があることをお話ししました。
一見全く歯科には関係なさそうに思えても重大な合併症を起こす可能性もある事がお分かり頂けたかと思います。
私たち歯科医院ではまず初めに来院された際の問診で既往歴と服薬の状態をお聞きしています。
その時に一番手っ取り早く正確なのがお薬手帳の提示です。
今はマイナンバーカードによるオンライン資格確認をされている方も多くいらっしゃるかもしれません。
まだマイナンバーカードと連携されていない方であれば、お薬手帳や口頭でお聞きすることになります。
ご高齢の方や認知症、重度心身障がい者などご自身でお薬の管理が難しい方はお付き添いの方のサポートも必要になってきます。
また初診時にお聞きした情報は数年、数ヶ月から数年で変化することもあります。
他の科に受診しており、お薬に変化があった場合は必ずお声掛け頂きたいです。
もちろん、何か処置が必要になった場合こちらからもお声かけして確認させていただく事があります。
その際は是非小さな変化でもご報告いただけたらと思います。
